自然農全国集会
2008 / 11 / 23 ( Sun ) 今日は年に一度の『自然農全国集会』の日。
今年は東京(しかもオリンピックセンター)で開催された。 久々に我が心の師・川口さんにもお会いできるこの日を、 ずっと愉しみに待ち望んでいた。 ・・・でも一方では「(息子次第で)参加できないかも・・・」という思いと 大ホールでの開催なもので二の足踏むような気持ちがあった。 そして何よりも今年は「自然農の学びの場」にはどこにも参加して いなかったからなぁ・・・・という気後れもあった。 夕方から息子が「おじいちゃんのところに泊まりに行く」といい 祖父母も体調が良かったようで「泊まりにおいで」と快諾してくれたので 「よし。では!」と夜の7時からの部に参加しにいく・・・・ 夜の部のスタートはピアノ演奏から。 ピアノ演奏を聞きながら、壇上の川口さんを見る。 聞いているうちに ふと この数年の私の自然農を求める旅のことを思い出した。 ・・・日本で息子とふたりで生きることを決めてから どこで、どのように暮らしていくかに迷っていたとき 東北から沖縄まで、2歳の息子の手をひいて旅をした。 ユニークな暮らしをしていて研修生を受け入れている場、 自然農の学びの場、そしてその近くの保育園や幼稚園、 友人の友人のそのまた友人のところへ。 どこか、私たちふたりが幸せに暮らしていけるところを求めて。 幼い息子と寄り添うように歩きながら 大きなリュックしょって、 来ないバスを石蹴りしながら待ったり 無人駅のベンチで昼寝する息子の頭をなでながら 時刻表のページをめくったりして そうして、自分の生きる場所を求めて旅をした・・・・ 子連れはダメだと断られることもあったし 頑張ってね、って励ましてくれる人もいた。 その中で出会った「賢治の学校(自然農の学びの場のひとつ)」であったが そこでもまた、自然農を学ぶことはできないとわかり(子どもの教育機関ゆえ 自然農を学ぶことよりも、当然、学校づくりが優先になるというわけで、 畑にいけず、畑に行くときも内緒にしなくてはならなくて、苦しかった) 息子の手をひいて、自然農を学ぶ場を求める旅は終わらなかった。 その時のことを次々に思い出して、ピアノを聴いていたら ボロボロと大粒の涙があふれた。 講演後、川口さんに一言でもお礼がいいたくて いろいろな方とお話しをしていらっしゃる川口さんの身があくのを 後ろのほうで じぃっと待った。 大分お疲れのご様子なので、手短に話そうと言葉を選びながら ゆっくり待った。 以前から、川口さんと話そうと思うとき、泣きそうにな気持ちになることが多かった。 泣くことがないように、言葉を選んで慎重に頭を整理するためには こういう待ち時間がいつも必要だった。 待っている間、いろいろと考えた。 考えた末、ただ一言、「ありがとうございました。」というだけで充分だと思った。 皆が帰りはじめ、大方の片付けも進んだ頃 川口さんと話すチャンスがめぐってきた。 「川口さん・・・・お疲れのところすみません。 今日は、ありがとうございました」と声をかけ、そして自分のことを名乗った時 川口さんは、 「あぁ、わかっていますよ」と仰って、なつかしそうな顔をして、握手をしてくださった。 その瞬間、クチをついて出た言葉は、自分でも意外だった。 「私は以前からずっと自然農を学びたくて、それを求めて 息子をつれて歩いていて・・・とても苦しかったんです。 でも、私のからだ自身も自然だということを ・・・以前川口さんが仰ったことを・・・ わかってきたと思う今、振り返ってみると ずっと私は恵まれていたと思えます。」 ・・・旅していたとき、私はとても寂しくて、 みじめだったと思っていたが 今振り返ると、とても幸せであると思えたのだ。急に。 「今日は、本当にどうもありがとうございました。 どうぞ、おからだにお気をつけ下さい」と付け加えて もう一度握手してくださいとお願いした(←このあたりが図々しい^^;) 握手していただいたその手のひらから、以前とは違うものを感じて 大分お疲れでいらっしゃることを改めて思った。 もしかしたら、川口さんとお会いするのがこれが最後かもしれない・・・と そんな気がしたのを慌てて打ち消して、来週の藤野の畑の合宿が終わったら また奈良へ行く計画をたてよう・・・・と思いなおして、会場を後にした。 代々木公園の木々が紅葉しているのが、車のヘッドライトでぼんやりと見えた。 |
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